豊遙秋先生講演

「日本の古墳かに見られる朱はどこからきたか」
〜硫黄の同位体値から産地を推定する〜

2010年9月11日

東京国際科学フェスティバル協賛プログラムとして、ここ、渡辺教具製作所で行われた講演第1回目。タイトルは「日本の古墳に見られる朱はどこからきたか」。

といっても、考古学のお話ではありません。朱に含まれる硫黄を分析して、その朱がどこから来たのかを調べようという、自然科学の研究のお話です。 日本の弥生時代後期から古墳時代後前期の墳墓内部には、大量の朱が用いられています。これまで、その朱の産地については、この辺だろうという推定はされてきましたが、化学的な分析をし、産地を特定するということは行われてきませんでした。
朱は、硫化第二水銀(鉱物名:辰砂)という、水銀と硫黄の化合物です。この朱に含まれる硫黄の同位体比を測定して、産地を推定したというのが、今回のお話。今回の講演の演者、元地質標本館館長の豊 遙秋先生が中心となって、近畿大学の南 武志先生、東京大学の今井 亮先生などとともに、研究がすすめられています。 硫黄の同位体には、32Sと34Sがあります。自然界にはこの両方が存在していますが、その割合は硫黄の化合物ができた環境によってさまざまに変化します。隕石中の両者の割合を標準値として、それよりも34Sが多ければプラス、32Sが多ければマイナスということになります。これが硫黄の同位体比です。 日本の墳墓に使われている朱の硫黄の同位体比を調べた結果、奈良県の各遺跡、佐賀県の吉野ケ里遺跡、徳島県の若杉山遺跡ではマイナス、福岡県、島根県、京都府等日本海側の遺跡ではプラスの値が得られたそうです。
日本の鉱山から産出する辰砂の同位体比はどうかというと、北海道の一部を除き、ほとんどがマイナス。奈良県、三重県、徳島県等に辰砂の産地が分布するため、地元で採れた朱を使ったことはほぼ確実。では、福岡県等の日本海側の地域の墳墓に使われている、プラスの値をとる大量の朱は一体どこから来たのでしょう?日本でプラスの硫黄同位体比を持つ辰砂が採れるのは北海道ですが、当時の北海道は日本とは別の国(蝦夷)であり、朱が北海道から持ってこられた可能性は非常に低いと考えられています。
その謎を解く鍵を握るのが、中国。中国から採れる辰砂のほとんどがプラスの値をとっているそうです。また、島根県西谷遺跡からは、日本で産出するものよりずっと大きい5mm前後の結晶も出土しているそうです。これらのことから、なんと、弥生時代前期から古墳時代後期に使われた大量の朱の一部が中国からもたらされた可能性があるというのです!
今わかっていることはここまでだそうですが、今後さらなる分析を進めて、産地を特定したいとのこと。今後の研究に期待が高まります。

 9月11日(土)に行われたこの講演には、7名の方が来てくださいました。考古学に興味のある方、朱に興味のある方、そして気候変動に興味のある方など、さまざまな興味を持った方々が集まってくださいました。
 講演の後には、朱を使ったお茶碗で抹茶をふるまわせていただきました。豊先生との会話も楽しんでいただけたようです。